norimaki沿革事典

愛媛県四国中央市

1901年(明治34年)5月2日

愛媛県立土居高校が開校

宇摩郡立農業学校(現在の愛媛県立土居高校)が開校した。県内では8番目に長い歴史を持つ伝統校。その後、宇摩郡立宇摩実業学校、愛媛県立宇摩農業学校、愛媛県立小富士高校などの変遷を経て、1955年4月1日より愛媛県立土居高校となる。【土居高校HP

1916年(大正5年)4月1日

観音寺~川之江間の鉄道開業

観音寺~川之江間の鉄道が開業した。なお、以降の開通年月日と区間は下表の通り。ちなみに、松山までの開業は1927年、宇和島までの開業(予讃線全通)は1945年。【伊予三島市史】
▼鉄道開業年月日▼
開業年月日 開業区間
1916年 4月 1日 観音寺~川之江
1917年 9月 16日 川之江~伊予三島
1919年 9月 1日 伊予三島~伊予土居
1921年 6月 21日 伊予土居~伊予西条

▼norimaki思い出話(2025年11月10日・記)▼
四国に渡ってからの最初の1年間は、車が無かったので寮のある伊予三島からの移動はもっぱらJR。横浜出身のnorimakiにとって、特に休日の伊予三島での生活は退屈でしたので、都会の空気に当たる意味もあって高松、松山、岡山にはよく出かけていました。当時は20代の若者向けのお得な切符(運賃、特急料金共に大幅割引)があったので、それを使っていたように思います。

1923年(大正12年)4月1日

愛媛県立三島高校が開校

愛媛県立三島中学校(現在の愛媛県立三島高校)が開校した。その後、1948年4月1日に愛媛県立三島第一高校、1949年9月1日に愛媛県立三島高校となり、現在に至る。【三島高校HP
▼norimaki感想文(2025年11月1日・記)▼
norimakiが仕事で伊予三島に渡ったのは1999年4月のこと。それまで住んでいた関東地方のJKのスタイルといえば、右も左もルーズソックスが大流行していたのですが、伊予三島に来てみるとこっちの子はみんな普通の靴下を履いていたので、そこが赴任当初の最初のカルチャーショックだったような記憶があります。

1934年(昭和9年)3月31日

国鉄バス(川之江~阿波池田)開業

国鉄バス川池線の川之江~阿波池田間が開業した。区間内の停車場は以下の通り。【官報・1934年3月26日鉄道省告示129号
▼停車場一覧▼
川之江(既設)・馬場先・伊予金生・上分・伊予金田・伊予半田・柴生・伊予石川・椿堂・伊予平木・葱尾・七田・境目・根引・阿波佐野・浮世橋・峯友・境ノ宮・一藤・佐馬地・阿波天神・白地・三好橋・中西・板野・蓮見町・阿波池田(既設)

1936年(昭和11年)12月1日

国鉄バス(上分~伊予三島)開業

国鉄バス川池線の上分~伊予三島間が開業した。区間内の停車場は以下の通り。【官報・1936年11月30日鉄道省告示446号
▼停車場一覧▼
上分(既設)・妻鳥・柏平田・松柏・三島口・伊予三島(既設)

1950年(昭和25年)5月10日

国鉄バス(伊予金田~堂成)開業

国鉄バス川池線の伊予金田~堂成間が開業した。区間内の停車場は以下の通り。【官報・1950年5月10日・日本国有鉄道公示96号
▼停車場一覧▼
伊予金田(既設)・東金川・西方・平山・堀切峠・中山口・伊予長尾・伊予新宮・役場前・堂成

1951年(昭和26年)11月10日

国鉄バス(中山口~奥の院)開業

国鉄バス川池線の中山口~奥の院間が開業した。区間内の停車場は以下の通り。【官報・1951年11月10日・日本国有鉄道公示289号】
▼停車場一覧(中山口~奥の院間)▼
中山口(既設)・市仲・奥の院

1954年(昭和29年)7月20日

国鉄バス(奥の院~佐々連)開業

国鉄バス川池線の奥の院~佐々連間が開業した。区間内の停車場は以下の通り。【官報・1954年7月17日・日本国有鉄道公示187号】
▼停車場一覧(奥の院~佐々連間)▼
奥の院(既設)・栗の下・大藪・湖水入口・奥谷・翠波橋・金砂・小川橋・羽瀬・金砂別・佐々連

1959年(昭和34年)7月5日

国鉄バス(小川橋~猿田橋)開業

国鉄バス川池線の小川橋~猿田橋間が開業した。区間内の停車場は以下の通り。【官報・1959年7月4日・日本国有鉄道公示241号】
▼停車場一覧(小川橋~猿田橋間)▼
小川橋(既設)・平野山・真観寺口・猿田橋

1967年(昭和42年)9月1日

国鉄バス(堂成~新瀬川)開業

国鉄バス川池線の堂成~新瀬川間が開業した。区間内の停車場は以下の通り。【官報・1967年8月31日・日本国有鉄道公示427号】
▼停車場一覧(堂成~新瀬川間)▼
堂成(既設)・新成小学校前・程野・新瀬川

1985年(昭和60年)3月27日

松山道三島川之江IC~土居IC間が開通

四国初の高速道路となる、松山自動車道三島川之江IC~土居IC間が開通した。その後の延伸開通日は下表の通り。【舗装・1985年8月号】
▼高松自動車道・松山自動車道開通年月日▼
開通年月日 開通区間
1985年 3月 27日 松山道 三島川之江IC~土居IC
1987年 12月 16日 高松道 善通寺IC~三島川之江IC
1991年 3月 28日 松山道 土居IC~いよ西条IC
1992年 4月 19日 高松道 高松西IC~善通寺IC
1994年 11月 16日 松山道 いよ西条IC~川内IC
1997年 2月 26日 松山道 川内IC~伊予IC
2000年 7月 28日 松山道 伊予IC~大洲IC
2003年 3月 30日 高松道 高松中央IC~高松西IC

2000年(平成12年)3月11日

徳島道井川池田IC~川之江東JCT間が開通

徳島自動車道井川池田IC~川之江東JCT間が開通した。【国土交通省HP
▼norimaki感想文(2025年11月6日・記)▼
当時はこの開通により、四国中央市(当時はまだ伊予三島市、川之江市でした)を中心に四国4県に向かって伸びる高速道路が完成し、どの県都にも1時間ほどで行けるようになったと謳われていました。ただ、norimaki的には、「逆に言うと、どの県都に行くにも高速道路が必要なほど遠い、ってことじゃないの?」とひとりツッコミを入れていましたが…
ちなみに、徳島道のこの他の区間の開通年月日は下表の通りです。
▼徳島自動車道開通年月日▼
開通年月日 開通区間
1994年 3月 17日 藍住IC~脇町IC
1995年 8月 9日 徳島IC~藍住IC
1997年 12月 3日 脇町IC~美馬IC
1999年 3月 30日 美馬IC~井川池田IC
2000年 3月 11日 井川池田IC~川之江東JCT
2015年 3月 14日 鳴門JCT~徳島IC

2004年(平成16年)4月1日

四国中央市が誕生

川之江市、伊予三島市、土居町、新宮村が合併し四国中央市が誕生した。【四国中央市HP
▼norimaki感想文(2025年11月1日・記)▼
norimakiは当時、仕事の都合で四国中央市に住んでいました。「中央」と名付けたのは、この地が四国の高速道路の結節点になっており、4県どこの県庁所在地に行くにも1時間ほどで到達できるから、といったことのようだったと思います。個人的には「宇摩市」がいいなあと思っていたのですが、響きが家畜みたいだからダメだったのかな。

2008年(平成20年)7月27日

第1回書道パフォーマンス甲子園

第1回書道パフォーマンス甲子園が開催された。【四国中央市HP
▼norimaki思い出話(2025年12月30日・記)▼
第1回大会は、突発の仕事が入ってしまい見に行くことができなかったのですが、第2回と第3回はnorimakiも見に行きました。第2回は商店街の片隅で行われており、まだ「地元のお祭り」といった感じでしたが、第3回は広い体育館での開催になり、名実ともに「甲子園」の何ふさわしい雰囲気になったと思いました。