norimakiさんぽ日記
横浜市戸塚区
2026年1月11日(日曜日)
戸塚中学校
長後街道から脇道に入り、坂道を登っていくと富士見丘ハイツの手前でペタペタ音がするので何かと思ったら餅つきが行われているところでした(今日は鏡開きですから、ね)。そして、その先が戸塚中学校、学校の入り口には3枚の壁画が描かれており、校庭では陸上部が練習中の様子。学校の周辺は小高い丘の上の住宅地になっていましたが、その一角だけが竹林になっていて、帰りはその横を通る細い坂道を下ることに(最終的にはアザリエ団地入口の交差点に出ました)。
☆補足☆戸塚区出身の父に、昔の戸塚中学についてヒヤリングしたところ、「以前の戸塚中学校は今の矢部団地の南側の場所にあった、とのことでした(戸塚高校も同じところあった)。中学校と高校がそれぞれ現在地に移転した後はしばらく空き地になっていたのだけど、やがて戸塚駅東口の再開発で立ち退くことになった人の住宅が建設されて現在に至る、という流れだそうです。
2026年1月24日(土曜日)
汲沢中学校
葛野小学校を後にして、次の目的地である汲沢中学校に向かう途中からは通信隊跡地の外周道路へ。米軍から返還されてもうずいぶん時間が経つと思うのですが、まだ開発されていません。入口にはその米軍のものと思われる、英語表記の看板も残っていました。
さて、中学校に着くと、校庭ではテニス部と野球部がグランドを半分ずつ使って練習中、「リーリーリー」という声が聞こえて来たので走塁練習でもしているのでしょうか。あと、校舎内からは吹奏楽部のものと思われる楽器の音も聞こえていました。
中学校の先には西団地。その中にあった給水塔の写真も撮影しておきました。こういう団地の給水塔って、なんだかレトロな感じがして雰囲気良くないですか、って思うのはnorimakiだけかな?
さつき地区
散策のエリアがnorimakiの母校である深谷小学校の校区に入ってきましたので、ここからは細かくレポートです。まずは西団地に隣接する住宅地、「さつき地区」と呼んでいたところへ。かつてその一角には山川の社宅があり、小学生時代に、友人のテツオ君が住んでいたので毎日のように遊びに行っていたのですが、もう社宅は無くなっていて住宅地に変わっており、当時の面影は何もありません。
そして住宅地を進んだところにある「汲沢畑田公園」、ここもよく遊びに来ていたところです。当時砂場やブランコで遊んでいた記憶があるのですが、ブランコの方はもうなくなっていました。でも公園から見渡せる風景は記憶の中のままだった、かな。再び通信隊外周道路に出て深谷の方に歩いていくと、何組もの親子連れにすれ違いましたが、どうやら西団地のそばにできたいちご農園に向かうみたいでした。
二軒家商店街
汲沢を出てかまくらみちを進みます。交番そばには「サカエヤホンダ」という自転車屋さんがあって、小学生時代にはそこでよくパンクの修理をしてもらっていた気がする(当時のnorimakiにとっては「貴重なマイカー」でしたから、ね)のですが、もうお店はありません。今「メガネのオザワ」が建っているあたりだったかな。
表題の「二軒家商店街」というのは、神奈中の二軒家バス停から深谷方面の伸びる商店街だったので、そう呼ばれていたのですが、今は商店街どころか、商店と言えるものさえほとんどなくなっています。信号のところにある園芸店だけが当時のままの雰囲気といったところ(近くにレトロな佇まいのアパートがあったのでパチリしておきました)。
この商店街で買い物することはあまり無かったのですが、唯一「まつい文具」という店には学用品を買いにときどき来ていた記憶があります。かつてはこの他にも東山の中に「金子文具」、これから行く富士見商店街の中に「杉山文具」、そして深谷小学校の正門前にも、という具合に住宅地の中に小さな文具店が幾つもあったのですが…今はみんなどこで買い物しているんだろう?100円ショップとかに取って変わられたのかな?
深谷小学校
ついにnorimakiの母校までやってきました。校内を見ると消防自動車が止まっていたので何かあったのかと思いましたが、どうやら防災訓練だったみたい。そして学校の周りは当時と変わらず畑だらけです。1980年代には畑の片隅に堆肥置場があって、風向きによってはそこから発せられるかぐわしい香りが校舎の中にまで流れて来ていたものですが、さすがに令和の時代、そのようなものは無くなっていました。
そこから東山方面に向かう畑の中の道を進みます。この辺り、少し前に来た時は果樹園のようなものになっていたような気がするのですが、今日来てみるといくつかの場所は更地になっていて、また別の場所ではちょうど伐採中の様子(この後何ができるのだろう)。その先には、地場農産物の直売所みたいなところもあって、母が買い物に来ていた記憶があるのですが、こちらはすっかり荒れ地になってしまっていました。
富士見商店街
東山から坂を下った辺りの商店街といえば富士見商店街だったのですが、こちらも二軒家商店街と同じくほとんどお店は無し。norimaki幼少時代、富士見商店街でよく来ていたのはヒロマルチェーン、通称「ヒロチェ」だったのですが、当然もうお店は無く、建物だけが残っているという感じでした。ここでは夏休みに50円のアイス(ガリガリ君とか)をよく買っていたと思うのですが、今50円で買えるアイスはほとんど無くなってしまったような。当時は50円が手頃なアイス、100円がちょっと高級なアイス、という感覚だったのですが、ねえ。
商店街から国井医院があったところの坂を上るとドリーム方面に向かう階段があり、かつては細い林の中の階段、だったと思うのですが、今は広くて明るい雰囲気になっていました。近くにnorimaki家が借りていた駐車場の跡地(今は空き地)まで行って記念撮影。そこからランド坂下まで歩いて、バスで戸塚に出ました。
2026年1月31日(土曜日)
東汲沢小学校
長後街道から汲沢団地方面に進み、その団地の端まで来ると「東汲沢小学校入口」の看板があるのでそこから坂を上ります。その途中で汲沢団地の写真を撮影。背後にある戸塚高校からは、部活動の練習でしょうか、ボールの音が聞こえてきました。
さて、到着した東汲沢小学校の擁壁には「令和7年6月28日 50th記念」の文字と共に手形と、「ひぐみ」と名付けられたキャラクターのイラストが描かれていていました。住宅地の中を回って校庭側から見た校舎は、一部がパステルグリーンに塗られていて、少しおしゃれな感じです。ちなみに校庭に人影は無し。
反対側は谷に降りる階段があり、その先には戸塚の町並み(モディとか)が見えました。次の目的にに向かうため、階段を下りていきます。
海蔵院
階段を下りて道なりに進み、矢沢の変電所方面への道を歩いていると、途中で灯油の移動販売車にすれ違いました。そういえば昔、norimaki家の近くに来ていた販売車は池田興産という名前で「♪今日も来ました、町から町へ、来ました来ました池田の灯油~」みたいな音楽を鳴らしていたのですが、今日の車はそういうものは無し。
ワンマン道路をくぐり、急な坂を登ります。登り切ったところには「十二ノ区第三公園」という小さな公園があり、戸塚警察方面の眺めがgood、親子連れ2組と、その他の人たちもいて結構にぎわっていました。
そしてその先が海蔵院、入口の案内板によると、創建は1353年ということなのでなかなかの歴史、所蔵の仏像は多そうだけど、本堂は法事が行われているようで入れませんでした(普段入れるのかどうかは分かりませんが)。ちなみにおみくじを500円で引くと、お寺の大鐘が2回つけるようなのですが今回はパス。その大鐘の脇には風鈴があり、時折音を立てていました。
戸塚図書館
国道1号線を越えて、11時頃に戸塚図書館までやってきました。館内に自習室は無く、個人用の机が全部で41席ありますが、そのうち37席は埋まっていました(そこの利用者は高校生から高齢者まで幅広い年齢層、という感じだったかな)。norimakiは郷土資料の中から、この図書館の開館年月日が分かる資料をチェックして退出。
☆開館情報☆火曜~金曜:9:30~19:00、土曜・日曜・祝日・月曜:9:30~17:00、月1回休館日
☆開館年月日☆1978年(昭和53年)11月1日
2026年2月14日(土曜日)
今美屋ストア
今日の散歩は踊場駅からスタート、そこから中村三差路方面に抜ける道を歩いて、今美屋ストアには9時40分頃に到着です。道路に面した表側は、ファミリーマートとセイムスが並んでいて駐車場も満車になるほどの盛況ぶりでしたが、裏手の入口から中に入ると、そこは閑散としていて、長い廊下に沿って肉屋、八百屋、魚屋の3軒が並んでいました。八百屋では店主がワゴンで運んできた野菜や果物を陳列中、肉屋では総菜作りが行われているのか、ジュージューと油で揚げるような音が聞こえていて、食材がまじりあったような匂いがあたりに漂っていて、決して良い香り、とはいえないのですが、どことなく昔の生活の匂いという感じがしました。
汲沢小学校
今宮ストアを出て、先に進むとレトロな感じの建物があったので記念撮影しつつ、汲沢小学校までやってきました。住宅地に囲まれた学校をぐるっと一周してみると、ピーピーという鳥の鳴き声、建築工事の足場を組み立てる音、そして校庭で行われていたグラウンドゴルフ(orゲートボール)のボールを打つコンコンという音でした。学校脇に立つ広域避難場所の看板には、未だに「米軍深谷通信隊」の文字。
小学校裏手の坂道を下り、汲沢団地バス停方面に下ると、そこは小さな商店街みたいになっていて、寿司屋の軒先には、岡持ちを吊ったスーパーカブが止まっていて昭和の雰囲気を感じました。
戸塚小学校
汲沢から坂を下り戸塚小学校までやってきましたが、学校は建て替え工事の最中で、校庭の周囲はバリケードで覆われていました。ちなみに看板によると、この工事の完了予定は「令和12年」とのことですから、ずいぶん息の長い工事ですね。今はまだ前の校舎も残っていて、その脇には桃の木?と金次郎さんの像もあったのですが、建て替え後はどうなってしまうんだろう?
学校の正面は戸塚駅へと続く道路になっていて、これからお出かけなのか、駅に向かって歩く人の姿が絶え間なくありました。一方の反対側は柏尾川沿いの遊歩道になっていて、ちょうど川の清掃活動が行われているのか、大勢の人がゴミ拾い中。
2026年2月15日(日曜日)
横浜深谷台小学校
戸塚バスセンターからバスで俣野公園まで来て、そこからドリームハイツの中を進むと、いくつかの棟はリニューアル工事中なのか、足場が組まれシートで覆われていました。そして到着した横浜深谷台小学校の校庭では少年野球の練習中。norimakiが深谷町住みだった40年くらい前は、学校の隣に深谷生協があったのですが、今は何かの配送施設になっていました。
そこから表に回るとFOODS TAMAYAというスーパーとセリア、サンドラッグがあり駐車場に多くの車が止まっていました。その一角には以前ここにあった深園幼稚園の外壁の一部が記念に残されているみたいです。
ドリームハイツ
次にドリームハイツの中を散策です。まずは旭マートが見えてきましたが、先程見たTAMAYAのところと違い、こちらは活気がなくなってしまっているよう様子。
そして集会所のところからハイツ内の小道へ。この小道沿いには公園がたくさんあるので、中学時代の友人が「公園通り」と呼んでおり、以来norimakiの中でもその名前が定着。その公園では子供の姿もちらほら。中でも印象に残っているのは、小学低学年くらいの女の子が富士山型の滑り台?の上で遊んでいたのですが、手にはスマホを持っているみたいだったところです。norimakiが携帯を初めて持ったのは社会人になってからなのですが、今の子は早いですねー。
2026年2月21日(土曜日)
七福(戸塚店)
今日の昼食はトツカーナの中にある「七福」。この店に入るのは今日が初めてだと思うのですが、待たずにすんなり入ることができそうというのと、値段がそこまで高くなかった、というのがココに決めた理由です。
norimakiが注文したのは刺身&天ぷら定食1,000円(税込)。品数もそこそこあったので、個人的には満足なお昼ご飯でした。
ちなみに七福のホームページを確認したところによると、「寿司居酒屋」というのをウリにしていて、武蔵小杉や藤沢にもお店があるようでした。